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2007年09月07日

日本映画その3




♪ 日本映画その3 ♪
映画の歴史(1950年代)
1950年
3月、近代映画協会設立
5月、岩波映画社設立
東横映画と大泉スタジオが合併し、東映株式会社発足。

1951年
木下恵介監督『カルメン故郷に帰る』(日本初のカラー長編)が公開される。
日動映画(1955年に東映動画)創立。アニメーションのプロダクションとしては最大手となる。
このころ、映画界にレッドパージが広まる。137名追放。

1952年
大映、東宝、松竹、東映、新東宝が相互に俳優その他の引き抜きをしない旨の秘密協定「五社協定」を結ぶ。

1953年
日活製作再開発表。
12月、『聖衣』(シネマスコープ第一作)公開

1954年
2月、東映、2本立て興行を開始
東宝で本多猪四郎監督+円谷英二特撮監督『ゴジラ』公開。怪獣映画流行の始まり。
黒澤明監督『羅生門』(1951年)のヴェネチア国際映画祭グランプリ受賞を皮切りに、日本映画の海外評価が高まる。1950年代前半の海外映画賞受賞は以下の通り。
黒澤明監督『羅生門』(1951年)ヴェネチア映画祭グランプリ
溝口健二監督『西鶴一代女』(1952年)ヴェネチア国際映画祭国際賞
溝口健二監督『雨月物語』(1954年)ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞
黒澤明監督『生きる』(1954年)ベルリン映画祭銀熊賞
黒澤明監督『七人の侍』(1954年)ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞
溝口健二監督『山椒大夫』(1954年)ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞
衣笠貞之助監督『地獄門』(1954年年)カンヌ国際映画祭グランプリ
1950年代は日本映画産業の頂点であった。黒澤明、小津安二郎、円谷英二などの作品は、後にスティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラ監督等、海外の映画監督の作品に多大な影響を与える事となる。特に『ゴジラ』と『七人の侍』は映画界に革命をもたらしたと言われる。
posted by abelu at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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