現在、このサイトは人気blogランキング■位です。
>>>>人気blogランキングへ

ブログランキングアップに参加中です。応援ポチッとお願いします(笑)
    ↓ ↓ ↓
banner2.gif

2007年09月07日

1960年代の映画制作会社



♪ 1960年代の映画制作会社 ♪

東映
観客動員No.1となった東映は、1960年に第二東映(1年後にニュー東映と改称)を設立し、制作本数を倍増して日本映画界の売上50%のシェアを目指したがうまくいかず、2年で解散。

映画不況が始まった1960年代から1970年代初めは鶴田浩二、高倉健、藤純子(現・富司純子)らを擁して仁侠物ブームを作った(東映任侠映画)。

この年代の東映の代表作、人気シリーズ

宮本武蔵(1961年)内田吐夢監督:中村錦之助主演
人生劇場シリーズ(1963年〜72年)鶴田浩二主演
飢餓海峡(1965年)内田吐夢監督
博奕打ちシリーズ (1968年〜72年)鶴田浩二主演
日本侠客伝シリーズ(1964年〜71年)高倉健主演
網走番外地シリーズ(1965年〜67年)石井輝男監督:高倉健主演
新網走番外地シリーズ(1965年〜72年)高倉健主演
昭和残侠伝シリーズ(1965年〜72年) 高倉健主演
兄弟仁義シリーズ (1966年〜71年) 北島三郎主演
緋牡丹博徒シリーズ(1968年〜72年)藤純子(現富司純子)主演)
極道シリーズ(1968年〜74年)若山富三郎主演
女囚701号さそりシリーズ(1972年〜73年)梶芽衣子主演
不良番長シリーズ(1968年〜72年)梅宮辰夫主演
夜の盛り場シリーズ(1965年〜74年)梅宮辰夫主演
東映まんがまつり(1964年〜1990年)

東宝
植木等主演の無責任シリーズや加山雄三主演の若大将シリーズでヒットを飛ばす。
また、社長シリーズや駅前シリーズなど安定したプログラムピクチャー、昭和ゴジラシリーズ、『モスラ 』などの特撮怪獣映画路線などを持っていたことも強みだった。

黒澤明は、引き続き黒澤プロダクションとの東宝共同製作で、『用心棒』(1961年)、『椿三十郎』(1962年)、『天国と地獄』(1963年)、『赤ひげ』(1965年)などの作品を発表する。

1969年にアメリカの20世紀フォックス社の戦争映画『トラ・トラ・トラ!』の脚本と監督を依頼された黒澤は、最終編集権が監督にないハリウッドのシステムに反発。撮影が容易に進まず、激しい心労の末に解任され、自殺未遂事件を起こす。

この年代の東宝の代表作には、市川崑総監督『東京オリンピック』(1965年)、岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』(1967年)など。

松竹
「大船調」といわれた松竹お得意のメロドラマ路線が、収益を呼べず、1960年に城戸四郎社長が辞任。監査役の大谷博が社長となった。

松竹ヌーヴェルヴァーグと呼ばれた助監督群が相次いでデビューし、大島渚監督『青春残酷物語』(1960年)、『日本の夜と霧』(1960年)、吉田喜重監督『ろくでなし』(1960年)、『秋津温泉』(1962年)、篠田正浩監督『恋の片道切符』(1960年)、『暗殺』(1964年)などの斬新な作品群を発表するが、日米安保改定問題を扱った大島渚監督『日本の夜と霧』が封切り4日後に松竹によって興行を打ち切られる。

松竹を辞めた大島渚は独立プロ創造社を起こすなど、松竹ヌーヴェルヴァーグの監督たちは後に松竹を後にした。野村芳太郎は『拝啓天皇陛下様』などの人情喜劇、コント55号主演映画などを監督。山田洋次監督は『下町の太陽』(1963年)、『馬鹿まるだし』(1964年)などの喜劇作品を経て、1969年より男はつらいよシリーズを始める。この年代の松竹の代表作には、小林正樹監督『切腹』(1962年)、中村登監督『古都』(1963年)、『紀ノ川』(1966年)などがある。『宇宙大怪獣ギララ』(1967年)、『吸血鬼ゴケミドロ』(1968年)などの怪獣映画も発表するがヒットには至らなかった。

日活
大ヒットとなる和製西部劇渡り鳥シリーズ、流れ者シリーズが始まるが、本格的なテレビ時代の到来と日本の映画産業全体の斜陽化のあおりを受けた上に、アクション映画のマンネリ化、企画不足、石原裕次郎と小林旭の二大スターの人気低下、堀久作社長のワンマン体質からくる放漫経営などが次々に災いして1960年代半ばから業績は急激に悪化。

その1960年代には吉永小百合、浜田光夫、高橋英樹、渡哲也、山本陽子、和泉雅子、松原智恵子、藤竜也、梶芽衣子、杉良太郎といった錚々たる新人スター達も生み出したが、退潮を食い止めることは出来なかった。

一方、今村昌平が『豚と軍艦』(1961年)、『にっぽん昆虫記』(1963年)、『赤い殺意』(1964年)などの話題作を連発する。鈴木清順が『東京流れ者』、『けんかえれじい』(1966年)などのちに再評価も受ける傑作群を残すが、『殺しの烙印』(1967年)に不満を持った堀久作社長により解雇される。このほか、監督では熊井啓、浦山桐郎らを擁した。

大映
1960年代に入ると勝新太郎・田宮二郎が頭角を現すが、長谷川一夫・叶順子の引退(1963年)、永田雅一社長によって五社協定にかけられた山本富士子(1963年)・田宮二郎(1968年)の退社、市川雷蔵の急逝(1969年)で観客数の落ち込みが深刻になり、永田雅一社長のワンマンな放漫経営もあって業績は悪化。

日本初の70ミリ映画『釈迦』(1961年)公開など大作映画路線も数作で終わった。この年代の大映の代表作には、『おとうと』、『ぼんち』(1960年)、『黒い十人の女』(1961年)などの市川崑監督作品。『妻は告白する』(1961年)、『卍』(1964年)、『清作の妻』(1965年)、『赤い天使』(1966年)、『痴人の愛』(1967年)などの増村保造監督作品。

『斬る』(1962年)、『剣』(1964年)、『剣鬼』(1965年)などの三隅研次監督作品など。大魔神シリーズ(1966年)、ガメラシリーズ(1965年~1971年)などの怪獣映画も発表するがヒットには至らなかった。主な人気シリーズは以下の通り。

悪名シリーズ(1961年〜69年)勝新太郎、田宮二郎主演。
座頭市物語シリーズ(1962年〜68年)勝新太郎主演
兵隊やくざシリーズ(1965年〜68年)勝新太郎、田村高廣主演
忍びの者シリーズ(1962年〜66年)市川雷蔵主演
眠狂四郎シリーズ(1963年〜69年)市川雷蔵主演
陸軍中野学校シリーズ(1966年〜68年)市川雷蔵主演

posted by abelu at 20:30| Comment(0) | TrackBack(4) | 映画制作会社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/54343883

この記事へのトラックバック

富司純子
Excerpt: 1960年代の映画制作会社映画不況が始まった1960年代から1970年代初めは鶴田浩二、高倉健、藤純子(現・富司純子)らを擁して仁侠物ブームを作った(東映任侠映画)。 この年代の東映の代表作、人気シリ..
Weblog: 画像web
Tracked: 2007-09-08 04:54

ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟 メモリ
Excerpt: ウルトラ映画シリーズ史上最高の傑作です!特にラストバトルシーンは見所です!また、映画限定のメビウスのフォームも見所です!そして、ウルトラ兄弟のシーンは感動しました!二人の子供を引き連れて見に行った劇場..
Weblog:
Tracked: 2007-10-29 09:41

海底軍艦
Excerpt: コレは最高です。潜在軍国少年の魂に火を点けるという意味では最近の似非戦意高揚映画などその比ではないです。伊福部マーチと轟天号の勇姿が重なれば宇宙船艦ヤ0トも裸足で逃げ出すこと間違いなしの貫禄です。なつ..
Weblog: 特撮の日
Tracked: 2008-02-03 09:28

誕生!ファイナ
Excerpt: 通年ならデレクターズカットとして登場する商品ですが、今年はファイナルカットとして登場。過去のDCでカットされた映像に+多少の手直しがありましたが、今回のファイナルカットはCGも手直しがあるそうで楽しみ..
Weblog: 特撮の厳選紹介
Tracked: 2008-02-22 01:38

現在、このサイトは人気blogランキング■位です。
>>>>人気blogランキングへ

ブログランキングアップに参加中です。応援ポチッとお願いします(笑)
    ↓ ↓ ↓
banner2.gif

TOP記事へ

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。